フジテレビの顔として局の屋台骨を支えた露木氏が、2000年代初頭に同社を完全に離れた背景には、どのような理由があったのでしょうか。一部の週刊誌では局内抗争や軋轢といった扇情的な推測が飛び交いましたが、公式発表資料や本人の自著・手記で語られた内情は、より本質的なキャリアの選択でした。
第一の要因は、放送局における「定年規定と役員任期の満了」という制度的な節目です。フジテレビの取締役を務めていた露木氏は、局の上層部として経営管理に専念する道もありました。しかし、本人の心中にあったのは「管理職のデスクワークよりも、自分の言葉で社会に発信し続けたい」という表現者としての純粋な欲求でした。60歳を迎え、局員としてのキャリアに区切りをつけ、フリージャーナリストとして独立することは、至極自然な選択だったのです。
独立直後には他局の情報番組やワイドショーの司会、政治資金パーティーの司会を巡る騒動など、激しいメディアの波紋に巻き込まれる試練もありました。しかし、そうした逆風に対しても弁解に終始することなく、記者会見で誠実に頭を下げて責任を引き受ける姿勢を示しました。現場への執着と潔い引き際という二面性は、昭和の硬派なジャーナリストならではの矜持を感じさせるものでした。