牛島若利の強さと人格の根幹には、実の父親である空井崇(うつい・たかし)氏との深い物語が存在します。空井氏は元実業団のバレーボール選手で、かつて日本一を経験した名プレイヤーでした。しかし度重なる怪我によって若くして現役引退を余儀なくされた過去を持ちます。
牛島が幼い頃、厳格な名家であった牛島家では、祖父が若利の「左利き」を嫌い、右利きに矯正しようとしていました。日本の伝統的な家庭において珍しくなかったこの矯正圧力を、断固として阻止したのが父親の空井氏です。
「人と違うのはその子の武器になる。サウスポーはきっと、この子の強みになる」
父親のこの強い信念と説得によって、牛島若利の左利きは守られました。その後、両親は離婚し父親は海外へと旅立つことになりますが、別れ際に交わした「バレーボールは楽しい」「いつかすごい選手が集まる場所へ行け」という父の言葉は、牛若の心に生涯消えない火を灯しました。母方の実家で厳格に育てられながらも、彼が誰に対しても卑屈にならず、真っ直ぐにバレーボールと向き合い続けた背景には、幼少期に父親から注がれた無条件の肯定と敬意があったのです。