絶対に埋まらないと思われていた父子の断絶に、奇跡の転機が訪れたのは2000年代後半のことでした。確執の当事者であり、後に猿翁と正式に再婚した藤間紫が、2009年に他界する直前まで「いつか必ず息子と和解してほしい」と猿翁を説得し続けていたと伝えられています。
2011年9月、芸能界と歌舞伎界を揺るがす歴史的な記者会見が開かれました。香川照之が46歳にして歌舞伎界へ入門し九代目市川中車を襲名すること、そして香川の長男・政明が五代目市川團子として初舞台を踏むことが発表されたのです。
会見場には、脳梗塞の後遺症を抱え車椅子に乗った二代目猿翁の姿がありました。衰えた身体で懸命にマイクを握りしめた猿翁は、涙を浮かべながら次のように語りかけました。
「これからは、みんな一緒に暮らします」
かつて冷酷に息子を突き放した父が、最晩年になって自らの血脈を抱きしめ、澤瀉屋の未来を託した瞬間でした。その後、香川照之と市川團子は猿翁と同居生活を送り、失われた45年の時間を埋めるかのように、連日連夜にわたって芸の極意と澤瀉屋の魂が直伝されました。