カニバリズムとは何か?極限心理と歴史的事件から解くタブーの真相

カニバリズムとは何か?極限心理と歴史的事件から解くタブーの真相

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生存のために同胞の肉を口にするという行為は、人間の尊厳と本能の衝突の最前線です。その過酷な現実を生々しく証明するのが、歴史に残る2つの極限遭難事故の記録です。

アンデス遭難事故が突きつけた「聖と俗」の選択

1972年10月、ウルグアイのステラ・マリス学園ラグビー部員とその関係者を乗せたチャーター機が、標高3,500メートルを超える雪深きアンデス山脈に墜落しました。氷点下30度を下回る過酷な環境下で、乗客たちは食料が尽きた後、生き残るためにすでに死亡した友人や家族の遺体を摂取するという決断を下します。生存者の一人であるナンド・パラード氏は、後年の自著や回想インタビューで次のように語っています。

「友人の肉を食べることは、私たちの魂を粉々に引き裂くような苦痛だった。しかし、それは死にゆく者から生き残る者へ託された、最後の愛の贈り物でもあった」

彼らは全員が敬虔なカトリック信徒でした。神父から学んだ「キリストの肉と血を分かち合う最後の晩餐」の教義を自らに引き寄せ、罪の意識と戦いながら命を繋ぎ止めたのです。救出後、世界中から厳しい視線が向けられましたが、バチカン(ローマ法王庁)は彼らの行為を「過酷な環境下での不可避な自衛措置であり、倫理的な罪にはあたらない」と公式に支持しました。宗教的倫理が生存本能を受け入れた極めて稀有な事例です。

ひかりごけ事件の経緯と日本の法律が下した判断

一方、日本国内で最も過酷な法的論争を巻き起こしたのが、第二次世界大戦末期の1944年に起きた「ひかりごけ事件」です。知床半島のペキンノ鼻付近で陸軍徴用船が座礁し、過酷な寒冷地で孤立した船長と若い船員たちの間で起きた食人劇は、後に作家・武田泰淳によって小説化され、社会に強烈な衝撃を与えました。

過酷な飢餓の中で死亡した若い部下の遺体を口にし、翌春にただ一人奇跡の生還を果たした船長は、当初「英雄」として迎えられました。しかし、遺体の損壊痕が露見したことで警察の取り調べを受け、最終的に起訴されるに至ります。ここで問われたのが、日本の法律と緊急避難の解釈です。

日本の刑法第37条は「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない」と規定しています。しかし、日本の刑法には「人肉食そのものを直接処罰する条文」が存在しません。したがって、法廷で争われたのは「殺人があったかどうか」と「刑法第190条の死体損壊罪が成立するか」でした。

捜査の結果、飢餓による自然死した遺体を摂取したと認定され、殺人容疑は不起訴となりました。そして死体損壊罪について、極限状態を理由とする緊急避難の主張は完全には認められず、裁判所は「生命の維持という目的は理解できるが、死者に対する社会的敬愛を著しく害した」として懲役1年の実刑判決を下しました。法が人間の極限の弱さを裁くことの難しさを浮き彫りにした歴史的裁判です。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。