テレビ朝日系の長寿番組『徹子の部屋』において、黒柳徹子が時折語る父親のエピソードには、単なる親子の情愛を超えた「孤高の表現者同士のリスペクト」が溢れています。黒柳徹子 父親としての守綱が彼女に遺した最大の遺産は、型にはまらない個性の全肯定でした。
幼少期、落ち着きのなさから小学校を退学になったトモエ学園時代のエピソードは有名ですが、父・守綱もまた、学校の規範に徹子を無理に押し込めようとはしませんでした。自身が音楽の世界で徹底してオリジナリティを突き詰めていたからこそ、娘の特異な好奇心や自己表現を「欠陥」ではなく「美点」として捉えていたのです。
徹子の部屋 黒柳守綱の話題が出る際、徹子は「父は決して人に媚びたり、流行に流されたりしない人でした」と誇らしげに語ります。守綱が生涯貫いた「本物へのこだわり」と「権力に屈しない精神」は、黒柳徹子が長年にわたりユニセフ親善大使として紛争地や貧困地域へ足を運び、子どもたちの声なき声を伝え続ける社会的信念と完全に重なり合っています。