加藤茶の40代を語る上で欠かせないのが、当時の彼を取り巻いていた圧倒的な経済力と、ミュージシャンとしての超一流の才能だ。
1980年代後半、当時の国税庁が公表していた高額納税者番付(長者番付)において、加藤茶はタレント部門の上位常連であった。冠番組のレギュラー出演料、多数のCM契約、全国各地での営業ステージなどを合算すると、当時の全盛期年収は推定3億〜4億円以上に達していたと各メディアで報じられている。当時の大卒初任給水準や物価価値を現代に換算すれば、実質的な経済価値は優に数十億円規模に匹敵する。
また、彼の魅力の本質は、お笑い芸人である前に本物のプロドラマーであった点にある。ドリフターズは元来コミックバンドであり、加藤のドラミングは日本のトップミュージシャンたちからも高く評価されていた。1966年のザ・ビートルズ日本武道館公演の前座でビートを刻んだ伝説をはじめ、テレビの音楽特番で見せたソロドラム演奏では、スティックを鮮やかに回しながら複雑なポリリズムを完璧に叩きこなす姿が記録されている。ステージ上で汗を光らせながらドラムに没頭する横顔は、女性ファンを熱狂させるに十分すぎる色気を放っていた。
こうした才能と経済力を背景としたモテエピソードも規格外だ。自著や当時の特番インタビューにおいて、銀座や六本木の高級クラブ街を毎夜のように豪遊し、一晩で数百万円が動くことも日常茶飯事だったと回顧されている。トップ女優やモデルとの華やかな浮名が絶えなかった時代でありながら、現場スタッフへの気配りや後輩への惜しみない奢りっぷりから、同性からも絶大な人望を集めていた。