「方位磁針で南西を確認し、きっちり向けたはずなのに電波が届かない」という悲鳴に似た相談は、通信設備各社のサポート窓口に日々寄せられています。この問題の背景には、衛星通信ならではの極めて過酷な物理的制約が存在します。
私たちが視聴しているBS・110度CS放送の電波は、日本列島から遥か南、赤道上空約36,000kmの宇宙空間に浮かぶ静止衛星から送信されています。家庭に設置される直径45cm前後のパラボラアンテナは、宇宙から降り注ぐ微弱なマイクロ波(12GHz帯)をお皿型の反射鏡で一点に集束させ、先端のコンバーターへと送り届ける構造を持っています。この集束ビームの受光角度は極めて狭く、アンテナの角度がわずか1度狂うだけで、電波強度は半減以下へと急落します。36,000km先のターゲットを針の穴を通すような精度で狙い撃つ作業であり、目分量による調整が通用する余地は毛頭ありません。
さらに多くの自力挑戦者を絶望へ突き落とすのが、画面に表示される「BS映らないE202」エラーと、デジタル機器特有の情報伝送ラグです。かつてのアナログ放送時代であれば、アンテナを動かせば即座に画面の砂嵐が薄れ、手応えをダイレクトに掴むことができました。しかし、現代のデジタル放送受像機は、受け取った高密度信号をデコード(復号化)して受信レベルメーターへ数値を反映させるまでに3秒から5秒程度の処理遅延が生じます。
この時間差を認識せず、アンテナを少しずつ動かしながら「上がらない、まだ上がらない」と連続して回転させてしまうと、たとえ一瞬だけ完璧な仰角・方位角を通過していたとしても、テレビ側が認識する前に通り過ぎてしまいます。結果として「どこを向けても全く反応がない」という錯覚に陥り、自力調整の迷宮へと迷い込んでいくのです。