日本国内で一般的に語られる世界三大スープの選考において、異論が挟まれる余地がほぼないのは以下の2つです。
- トムヤムクン(タイ):レモングラスやバイマックルー(こぶみかんの葉)、ライムのシャープな酸味に、唐辛子の強烈な辛味、有頭エビの濃厚な旨味が溶け合った唯一無二の東南アジア料理。
- ブイヤベース(フランス):南仏マルセイユの港町で生まれ、地中海の岩礁に棲む多種多様な小魚をサフランやフェンネル、ニンニクとともに煮込んだ、濃厚な魚介エキスの極み。
問題となるのは、世界三大スープの3つ目の座です。日本の家庭科の教科書や一般的なクイズ番組、料理雑誌のバックナンバーを検証すると、媒体によって記載が真っ二つに分かれています。
ある資料では「赤カブ(ビーツ)の鮮やかな深紅とサワークリームのコクが調和したボルシチ」と断定され、別のグルメガイドや高級ホテル中華の案内では「ハレの日の宴席に欠かせない乾燥フカヒレを贅沢に使った上湯仕立てのフカヒレスープ」と誇らしげに記されています。どちらも譲らぬままメディア各社が並列して紹介し続けた結果、「世界三大スープなのに候補が4つ存在する」という奇妙な矛盾が日本全国に定着しました。
この対立構造が生まれた背景には、日本人が好む「世界三大〇〇」のフォーマットに、東西の食文化圏をバランスよく配置しようとした編集的配慮が透けて見えます。西欧代表としてフランスのブイヤベース、東南アジアのエスニック代表としてトムヤムクンを据えたとき、旧ソ連・スラブ文化圏の重厚な煮込み料理であるボルシチを入れるか、アジアの食の巨人である中国料理から最高峰のフカヒレを据えるかで、専門家の間でも意見が二分したまま現在に至っています。