馬橋一家の起源は、明治から大正期にかけて千葉県東葛地域(主に松戸・柏エリア)を拠点として形成された博徒・テキヤ組織に遡る。地域の盛り場や興行、露天商の縄割りを管理することで基盤を固めた組織は、戦後の混乱期を経て急速に勢力を拡大していった。
代々の組長継承において、馬橋一家は常に「独立した地域勢力としての誇り」と「広域暴力団との連帯」のバランスを探ってきた。血縁的・義理的な盃事によって継承された代々の総長ラインは、組織の結束力を維持する絶対的な軸として機能。特に高度経済成長期からバブル期にかけては、開発が進む千葉県内の不動産取引や建設業、歓楽街の用心棒代などを通じて莫大な資金量を誇り、広域組織の中でも異彩を放つ存在感を確立したのである。