日本語の動詞活用において、カ行変格活用に分類される動詞は、現代語(口語)では「来る(くる)」の1語のみです。古文(文語)においても単独の動詞としては「来(く)」の1語しかなく、あとは「出で来(いでく)」「詣で来(まうでく)」といった「来」を含む複合動詞が存在するに過ぎません。
なぜこれほど特殊な活用が、たった1語のために独立したグループとして文法に規定されているのでしょうか。その背景には、言語学における「超高頻度語の不規則性保存」という明確な法則が存在します。
言語の歴史において、規則的な活用パターン(規則変化)は、多数の動詞が世代交代の中で平準化されることによって形成されます。しかし、「行く」「来る」「食べる」「する」のように、人間の生活で毎日のように使われる超基本動詞は、古くからの発音変化や不規則な形が人々の口頭伝承に強固に刷り込まれ、規則化の波に呑まれずにそのまま残り続ける性質を持っています。
英語における不規則動詞「be動詞(am/is/are/was/were)」や「go/went」が特殊な変化を保ち続けているのと全く同じ原理です。日本語の「来る」も、母音が「オ段(こ)・イ段(き)・ウ段(く/くる)・エ段(くれ)」へとダイナミックに変化する古代の音韻構造をそのまま保持した結果、現代でも「孤高の1語」として残存しています。