保阪尚希の半生を語るうえで避けて通れないのが、1996年に結婚した女優・高岡早紀との関係です。当時、美男美女のビッグカップルとしてメディアを席巻し、2人の男児(長男・次男)に恵まれ、理想の家庭像として雑誌の表紙を飾ることも少なくありませんでした。
しかし2004年、有名ミュージシャンと高岡の密会が写真週刊誌によって報じられ、日本中に衝撃を与えました。世間が注目するなか、保阪は直ちに単独で記者会見を開き、沈着冷静な語り口で状況を説明しました。報道各社が騒ぎ立てるなかでも感情的な泥仕合を避け、事実関係を淡々と認めたうえで電撃的な離婚を発表した対応は、当時の芸能マスコミ関係者を驚かせました。
離婚にあたって最大の争点となったのは子供たちの処遇でした。保阪は「子供たちの生活環境を変えず、責任を持って守り抜く」として、父親である自らが親権を取得しました。母親である高岡との面会交流についても無理に遮断することはせず、子供たちの精神的安定を最優先に配慮したとされています。その後、息子たちは海外留学を経て立派に成人・社会人となっており、保阪は父親としての義務を全うしました。逆境においても家族の境界線を冷静に見極め、子供たちの未来を最優先した姿勢は、家族社会学的な観点からも極めて成熟した危機管理であったと再評価されています。