なぜ通信業界は、総務省から度重なる指導や規制を受けながらも、このような歪な還元合戦を止められないのでしょうか。この構造の深層には、通信キャリア、販売代理店、そして消費者の3者が織りなす「構造的共依存」と、行動経済学的な心理トラップが存在します。
日本の携帯電話市場はすでに契約数が総人口を大幅に上回り、完全な飽和状態(ゼロサムゲーム)にあります。他社から契約者を奪う以外に成長の道がないキャリア各社は、現場の代理店に対して過酷なMNP純増ノルマを課し続けてきました。代理店側も、基本給だけでは店舗を維持できず、キャリアから支払われる報奨金(インセンティブ)に生計を完全に依存しています。双方が互いを縛り合い、抜け出すことのできない「数字の奴隷」と化しているのが平成から令和へと続く通信流通の病理です。
さらに深刻なのは、ユーザー自身の心理に仕掛けられたバイアスです。行動経済学が提唱する「アンカリング効果」と「現在志向バイアス」が巧妙に利用されています。人間は「将来支払う毎月8,000円の通信費」という抽象的な痛みよりも、「いま目の前で手に入る2万円のキャッシュバック」という具体的な快楽を過大に評価してしまう生き物です。
実際には、格安プランを選んで月額料金を2,000円前後に抑えれば、年間で7万円以上の節約になります。それにもかかわらず、目先の「2万円プレゼント」に目が眩み、毎月7,000円以上の高額プランを契約し続ける消費者が後を絶ちません。企業側が提示する「一時的なエサ」と、自分自身の「長期的な固定費削減」との間に健全な心理的バウンダリー(境界線)を引くことができない限り、消費者は常に通信業界の搾取モデルの上で踊らされることになります。