ここでメディアやネット論壇がしばしば見落としている決定的な盲点を提示しなければなりません。それは、「実名制」と「顕名制」は同義ではないという点です。
実名制とは、個人の戸籍名そのものを公の場に晒す運用を指します。一方、システム論や社会制度論における顕名制(Pseudonymity / Verified Identity)とは、「プラットフォーム側は確実に本人を把握・認証しているが、公の画面上では一貫した識別子(固定ハンドルネーム等)を用いて継続的に責任を負わせる」仕組みを含みます。
この二つを混同したまま「ネット上の悪口を無くすために完全実名制にせよ」と叫ぶ論調には、重大な構造的欠陥があります。実名制を強制すると、社会的報復を恐れて社会問題の告発が激減し、結果として権力を持つ側にとって都合の良い言論統制空間が完成してしまうためです。
顕名投票と無記名投票の違いに見る民主主義のジレンマ
この力学は、政治や企業統治における顕名投票と無記名投票の違いを観察すると明瞭になります。誰がどの議案に賛成・反対したかを記録する顕名投票(記名投票)は、代議士が有権者に対する説明責任(アカウンタビリティ)を果たすために不可欠です。
しかし、株主総会の役員選任や労働組合の争議権確立投票、あるいは一般選挙において顕名投票を強要すればどうなるでしょうか。強者からの圧力や買収、報復人事を恐れた構成員は、自由な意思表示を剥奪されます。「責任を担保するための顕名」が、時に「弱者の自由な意思を殺す道具」に変貌するという二面性こそ、私たちが警戒すべき盲点です。