とうほくニュージーランド村の歴史を振り返ると、日本の地方創生型テーマパークが辿った盛衰のサイクルが浮き彫りになります。 1989年(平成元年)7月、敷地面積約67ヘクタールという広大な敷地にオープン。当時はニュージーランドの雄大な自然を再現した牧歌的な景観、名物のスーパースライダー、ゴーカート、羊の毛刈りショーなどが話題を呼び、東北全域から家族連れや学校の遠足客が押し寄せました。 しかし、2008年の岩手・宮城内陸地震、そして2011年の東日本大震災が観光インフラと来園意欲に壊滅的な打撃を与えます。震災直後は東北全域で観光需要が蒸発し、原発事故に伴う風評被害も影を落としました。施設の一部補修費用が嵩む一方で客足は戻らず、営業を続けるほど赤字が膨らむ悪循環に陥っていったのです。 岩手日日新聞をはじめとする当時の地元報道によると、2017年1月31日をもって営業を終了した際、正社員および契約社員15人全員が解雇されるという苦渋の幕引きとなりました。関係者の証言では、冬期の休園期間中に水面下で存続の道が模索されたものの、施設の老朽化に伴う改修費用を調達できず、事実上の断念に追い込まれたとされています。
東北ニュージーランド村の閉鎖理由はなぜ?客数激減の真相と衝撃の跡地現在
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