原作者ギデンズ・コー自らがメガホンを取り、自身の半生を赤裸々に描いた台湾オリジナル版と、長谷川康夫監督がメガホンを取り日本の地方都市へと舞台を翻案した日本版。二つの作品は、基本的なプロットを共有しながらも、漂う質感や演出意図において明確な差異を持っています。
台湾版の魅力は、何と言っても1990年代半ばから2000年代の台湾の空気感をそのまま封じ込めたような「荒削りな熱気と生々しさ」です。思春期の男子高校生が抱く露骨な性への好奇心や下ネタの数々が包み隠さず描写され、それが後半の純情さとの強烈なコントラストを生み出していました。
一方の日本版は、舞台を2000年代初頭の長野県松本市へと移し、ノスタルジックで叙情的なトーンを強調しています。山田裕貴が演じる水島浩介は、悪ガキでありながらどこか優しさと脆さを漂わせ、映画初出演にしてヒロインを務めた齋藤飛鳥演じる早瀬真愛は、圧倒的な透明感によって「誰もが手の届かなかった憧れのクラスメイト」の偶像性を完璧に体現しました。
特筆すべきは、日本版において水島浩介と早瀬真愛が大学時代に台湾を旅行し、名所である平渓線・十分駅で天燈(ランタン)を打ち上げるシークエンスです。オリジナル版への深いオマージュであると同時に、異国の空へ願いを放つ二人のすれ違いを際立たせる秀逸な改変として高く評価されています。