いまや日焼けした肌にシャープな輪郭、輝く白い歯と意志の強い眉がトレードマークとなっている新庄剛志ですが、新庄剛志の若い頃を知るファンからすれば、その変化の幅は驚きを禁じ得ません。美容医療に手を入れる前の彼は、芸能界のトップ俳優と比べても何ら見劣りしない天然の美貌を誇っていました。
1989年のドラフト5位で西日本短期大学附属高校から阪神タイガースに入団した当時の新庄剛志の昔の顔写真を振り返ると、そこにはあどけなさを残しながらも、涼やかな二重の瞳とすっと通った鼻筋を持つ青年の姿が刻まれています。1990年代前半、亀山努とともに「亀新フィーバー」を巻き起こした新庄剛志の阪神時代には、甲子園球場に黄色い歓声が鳴り響き、アイドル雑誌の表紙を飾るほどの社会現象となりました。
2001年に海を渡り、ニューヨーク・メッツやサンフランシスコ・ジャイアンツでプレーした時代も、引き締まった精悍な顔立ちと日本人離れした抜群のスタイルがアメリカ現地メディアでも絶賛されていました。つまり、彼にとっての整形は「容姿の欠点を隠すための手段」ではなく、「すでに完成された美貌を持っていた人物が、あえて自ら施した造形変更」という、極めて異例の文脈を持っています。この新庄剛志 整形ビフォーアフターの事実こそが、世間の関心を引きつけてやまない最大の要因です。