解離性大動脈瘤の危機を乗り越えた裕次郎だったが、次なる病魔が人知れず忍び寄っていた。長年にわたる慢性肝炎、そして肝硬変への移行を経て、最終的に発症したのが原発性肝臓がんであった。当時は患者本人へのがん告知が一般的ではない時代であり、裕次郎自身には病名が伏せられていたとされる。
1987年の夏、容態は急速に悪化。慶應義塾大学病院のベッドで、彼は最後まで現場復帰への強い意欲を失わなかった。52年というあまりにも短い生涯を閉じる直前まで、彼は家族や仲間に弱音を一切吐かず、凛とした態度を貫いた。現代の医療知見から振り返れば、解離性大動脈瘤の手術による身体的負担や長年の過労、肝機能の低下が複雑に絡み合った結果であったことが窺える。