1866年1月21日、京都の薩摩藩邸。犬猿の仲とされた薩摩藩と長州藩をひとつに束ねる歴史的会談は、深刻な膠着状態に陥っていた。面子にこだわる長州藩の桂小五郎(木戸孝允)は、自ら頭を下げて同盟を請うことを頑なに拒み続けていたのだ。
このどん詰まりの局面を破ったのが坂本龍馬だった。龍馬は西郷に対し、「長州は滅びの淵にある。いま薩摩が手を差し伸べねば、日本の未来はない」と直談判を仕掛ける。西郷もまた、単なる自藩の利益にとどまらず、日本全体を俯瞰する龍馬の大局観に打たれ、リスクを背負って交渉のテーブルに着くことを決断した。面子を捨てさせたのは龍馬の熱量であり、それを受け止めたのは西郷の底知れぬ器量だった。