森林浴をすると気分が爽快になる現象の根幹にあるのが、樹木が自らを守るために空気中に発散している揮発性物質「フィトンチッド」です。ロシア語で「植物(フィトン)」によって「殺す(チッド)」を意味するこの物質は、本来は細菌や害虫を寄せ付けないための自己防衛シグナルですが、人間が吸入すると極めて有益な生理作用をもたらします。
国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所や各大学医学部による臨床データによると、ヒノキの主要香気成分であるα-ピネンやボルネオールを吸入した被験者は、無刺激群と比較して副交感神経活動が有意に上昇し、交感神経活動が鎮静化することが確認されています。さらに、唾液中のストレスマーカーであるコルチゾール濃度の低下や、脳波におけるα波の出現率上昇が客観的に記録されており、「ヒノキの香りを嗅ぐと瞬時に落ち着く」という体感は生理学的に実証された事実です。
嗅覚は視覚や聴覚と異なり、大脳新皮質を経由せず、感情や本能、自律神経を司る「大脳辺縁系」や「視床下部」へダイレクトに信号が届きます。言葉で考えるよりも早く、香りの分子が鼻腔粘膜の嗅神経細胞を刺激し、脳の緊張スイッチを直接オフにするため、私たちはヒノキの香りに触れた刹那、理屈抜きのリラクゼーションを体感できるのです。