本土の多くの地域が明治6年(1873年)の改暦以降、新暦(太陽暦)や月遅れの8月15日にお盆を行うようになったのに対し、沖縄ではなぜ現在に至るまで頑なに「旧暦7月」を厳守しているのでしょうか。その根底には、本土の仏教儀礼とは一線を画す琉球弧独自の祖霊信仰(トートーメー信仰)と自然観が存在します。
沖縄の伝統社会において、祖先の魂は遠い海の彼方や天にある異界「ニライカナイ」から訪れ、子孫を見守ると信じられてきました。太陰暦の7月15日は必ず「満月(大潮)」となります。潮の満ち引きとともに祖霊が渡来し、満潮に乗って帰還するという海洋民族特有の死生観において、月の運行から切り離された新暦でお盆を行うことは、宗教的リアリティを根本から損なう行為だったのです。
また、沖縄には仏教寺院の檀家制度が根付かず、父系の血族集団である「門中(ムンチュー)」が祭祀の中心を担ってきました。お寺の住職による読経ではなく、家長や女性神役(ノロ・ツカサ)の祈りを通じて直接祖先と対話する構造を持つため、中央政府による近代化政策の波を受けつつも、コミュニティの結束を保つための旧暦行事がそのまま守り抜かれました。