高校卒業後、本田選手は名古屋グランパスエイトに入団し、美沙子さんは保育士としての道を歩み始めました。遠距離恋愛を経てプロ入り後に結婚した美沙子さんですが、その後のキャリアを大きく変えたのは本田選手の海外挑戦でした。
オランダ、ロシア(CSKAモスクワ)、イタリア(ACミラン)、メキシコ、オーストラリア、ブラジル、アゼルバイジャンなど、本田選手は世界各国のクラブを渡り歩きました。異なる言語、治安、気候、食文化という過酷な環境下で、アスリートのコンディションを保つことは容易ではありません。
ここで大きな力となったのが、美沙子さんの「元保育士」としての観察眼と高い自己管理・サポート能力です。栄養管理はもちろんのこと、勝負の世界で極限のプレッシャーに晒される夫に対し、感情の波に巻き込まれない「精神的な安定基地」として家庭を整え続けました。現地のシェフやトレーナーとも連携しながら、家庭内ではサッカーの話題を過剰に持ち込ませないバランス感覚を保っていたことが、長期にわたるトップレベルのパフォーマンスを支える要因となりました。