人類が狩猟採集を行っていた旧石器時代、集団の規模は小さく移動を繰り返していたため、大規模な集団感染が発生しても局地的な終息を迎え、広域なパンデミックに発展することは稀でした。決定的な転換点となったのは、約1万年前に始まった農耕と牧畜の定住生活です。牛、豚、鳥などの野生動物を家畜化したことで、動物由来の病原体がヒトの体内に侵入し、変異を遂げてヒト・ヒト感染を起こす「人獣共通感染症」が誕生しました。
農耕によって余剰生産物が生まれ、人口密度が高い都市が形成されると、排泄物や生活排水の処理が追いつかない不衛生な環境が常態化しました。さらに、紀元前以降のシルクロードや海上交易ルートの開拓は、局所的な風土病を大陸規模の伝染病へと押し広げるパイプラインとなったのです。医学研究者や歴史社会学者が指摘するように、感染症は単なる生物学的アクシデントではなく、人類の社会構造、経済活動、都市インフラの脆弱性が引き起こす「社会の病理」としての側面を色濃く持っています。