日本語特有の含羞(がんしゅう)や情緒を象徴するフレーズとして知られる「月が綺麗ですね」。明治の文豪・夏目漱石が愛媛県尋常中学校(現在の松山中学校)などで英語教師を務めていた際、生徒が「I love you」を「我、君を愛す」と直訳したのをたしなめ、「日本人はそんな露骨なことは言わない。『月が綺麗ですね』とでも訳しておきなさい。それで気持ちは通じるものだ」と教えたという逸話が発端とされています。
直接的な愛情表現を好まず、自然の美しさや景色の共有を通して心を通わせる日本特有の「ハイコンテクスト(文脈依存度が高い)文化」を色濃く反映しています。つまり、「あなたと一緒にこの美しい月を見上げることができて幸せだ」という情緒の共有こそが、真のメッセージなのです。
これに対する古典的な承諾の返答として名高いのが、「死んでもいいわ」というフレーズです。この強烈な返しは、同じく明治の文壇を牽引した作家・翻訳家の二葉亭四迷に由来します。四迷がロシアの文豪ツルゲーネフの小説『アーシャ』を『片恋(あさがお)』として翻訳した際、ヒロインが主人公に身を委ねるロシア語「Ваша(あなたのもの)」という言葉を、直訳を避け「死んでもいゝわ」と訳した文学的背景が根拠となっています。
漱石の「月が綺麗ですね(愛しています)」に対して、四迷の「死んでもいいわ(私もすべてを捧げます)」で応じる構図は、近代文学の技巧を結晶させた究極の返答スタイルとして現代のネットカルチャーや創作界隈でも語り継がれています。