華やかなルックスとクールな佇まいから、一見すると順風満帆なエリートコースを歩んできたように捉えられがちですが、その歩みは驚くほどの泥臭い努力に裏打ちされています。大倉忠義のプロフィールと年齢を振り返ると、1985年5月16日生まれ、大阪府東大阪市出身。2026年の誕生日で41歳を迎えます。
彼の代名詞となった関ジャニの大倉のドラムですが、その出自は決して平坦ではありませんでした。2002年の舞台『ANOTHER』終演から数か月後、当時社長だったジャニー喜多川氏から「安田(章大)や丸山(隆平)が『大倉はリズム感があるからできるんじゃないか』と言っている」と打診されたのがすべての始まりです。当時、バンド形式のユニット「V.WEST」にドラム不在の穴が開いており、大倉には未経験の状態からわずか1か月という過酷な練習期間が言い渡されました。
昼夜を問わずスタジオに籠もり、手の豆を潰しながらスティックを振り続けた執念が認められ、正式加入へと結びつきます。後にバンドスタイルのアイドルとして東京ドームや野外ロックフェス「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」を沸かせる原動力となったドラミングは、この土壇場での凄まじい集中力から産声を上げたのです。
学歴においても、その不屈の精神は一貫しています。東大阪市立荒川小学校、俊徳中学校を経て商業高校へ進学するも、芸能活動の多忙化に伴い通信制高校へ編入。その後一度は中退という選択を余儀なくされました。しかし、2014年、彼が29歳のときにテレビ番組の企画を通じて「高卒認定試験(高等学校卒業程度認定試験)」に挑戦。多忙なアイドル業の合間を縫って8教科の猛勉強を重ね、見事一発合格を果たしました。多忙を言い訳にせず、自らの過去の宿題に決着をつける姿勢は、ファンの間でも伝説的なエピソードとして語り継がれています。
低音の響きを活かしたボーカル力も高く評価されており、関ジャニ大倉のソロ曲として知られる「まもりたい」や「Butterfly I Loved」などでは、ドラムセットの奥から放たれる艶やかな低音ボイスが存分に発揮され、グループの音楽性に奥行きをもたらしています。