「見ざる言わざる聞かざる」の真実!幻の4匹目と日光東照宮の謎

「見ざる言わざる聞かざる」の真実!幻の4匹目と日光東照宮の謎

「見ざる言わざる聞かざる」の真実!幻の4匹目と日光東照宮の謎の要点や背景をコンパクトにまとめました。全体像を一目で把握できます。

なぜ「猿」が選ばれ、どのような歴史をたどって日本に根付いたのでしょうか。三猿の由来を遡ると、古代中国の儒教の開祖・孔子の言葉に突き当たります。

『論語』顔淵篇には、「礼にあらざるものは視ることなかれ、礼にあらざるものは聴くことなかれ、礼にあらざるものは言うことなかれ、礼にあらざるものは動くことなかれ」という「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、非礼勿動」の四条が記されています。これが日本に伝来した際、否定の助動詞「ざる」と動物の「猿(さる)」が語呂合わせ(地口)として結びつきました。

さらに平安時代から江戸時代にかけて庶民の間で大流行した庚申信仰(こうしんしんこう)が、この結びつきを決定づけました。庚申信仰では、60日ごとに巡ってくる庚申の日の夜、人間の体内にいる「三尸(さんし)の虫」が天帝にその人の悪行を告げ口しに行くと信じられていました。人々は虫が天に昇らないよう夜通し起きて過ごすとともに、天帝の使いである猿を神聖視し、告げ口を封じる象徴として三猿を庚申塔に彫り込んだのです。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。