1980年代から2000年代初頭にかけて、歌舞伎町には大小合わせて数十箇所の組事務所が存在していたとされます。当時の雑居ビルには堂々と団体の看板が掲げられ、威圧的な黒塗りの高級車が横付けされる光景も珍しくありませんでした。しかし、現在その光景は完全に過去のものとなっています。
指定暴力団の事務所が次々と閉鎖・撤去に追い込まれた最大の要因は、警視庁組織犯罪対策部による徹底的な集中摘発と、東京都暴力団排除条例(暴排条例)の段階的強化です。暴排条例によって、ビルオーナーや不動産業者が暴力団関係者に物件を賃貸すること自体に重い行政処分や勧告が科されるようになり、契約更新の拒絶や立ち退き訴訟が相次ぎました。
捜査関係者の証言によると、「2010年代以降、拠点へのガサ入れ(家宅捜索)を幾度となく重ね、賃貸借契約の解除を後押ししてきた。ビル側もコンプライアンスの観点から組事務所を容認できなくなり、物理的な居場所を完全に失った」と語られています。かつて歌舞伎町のランドマークのように恐れられていた主要ビルの拠点も、現在は一般企業のオフィスやレンタルスペース、あるいは解体されて新築ビルへと生まれ変わっています。