香淳皇后は、旧皇族である久邇宮家の出身である。幼少期から伝統的な教育を受け、書道や絵画、日本舞踊など多彩な文化芸術に親しんだ。この気品あふれる育ちが、後の立ち振る舞いの基礎となった。
婚約の内定を巡っては、元老・山県有朋らが色盲の遺伝的素因を問題視して婚約辞退を迫った「宮中事件」と呼ばれる大波瀾が巻き起こる。久邇宮家側は不当な圧力に対して退かず、最終的には婚約が維持された。十代という若さで国家的な政治闘争の渦中に置かれながらも、取り乱すことなくじっと耐え抜いた経験は、彼女の精神的骨格を固める大きな契機となった。