伊藤英明が約25年間にわたり所属したエー・チームを離れた背景には、芸能界における深い師弟関係と組織体制の大きな転換期が存在します。
1993年のジュノン・スーパーボーイ・コンテスト準グランプリ受賞で芸能界入りしたものの、一時活動を休止していた伊藤英明を見出し、1997年の再スタートからトップスターへと育て上げたのが、エー・チームのカリスマ社長・小笠原明男氏でした。『救命病棟24時』や『海猿』など数々のヒット作を二人三脚で生み出し、伊藤英明自身も公の場で「社長がいなければ今の自分はない」と公言して憚らないほどの信頼関係で結ばれていました。
しかし、2018年5月に小笠原氏が急逝。事務所の精神的支柱を失ったエー・チームは徐々に経営・マネジメント体制の再編を迫られることになります。恩師の三回忌を見届け、義理を果たした伊藤英明は、自らのキャリア後半戦を見据えて環境を変える決断を下しました。
その後、2024年春にはエー・チームが「新規マネジメント業務の休止(事実上の業務休止)」を発表し、所属タレントが一斉に移籍・退所する事態となりました。業界関係者の間では、「伊藤英明の2022年の退所は、事務所の過渡期における自然な自立のプロセスであり、先々の芸能活動を冷静に見極めた選択だった」と高く評価されています。