物語のクライマックスにおける結末のネタバレと、そこに込められた演出意図は、観客の間で幾重にも議論されてきた論点です。大学卒業を控えた泉は、富山の古い校舎にある演劇部の合宿所で、ついに葉山と身体を重ね合わせます。雨が降りしきる暗闇の中、長年抑え込んできた互いの感情が堰を切って溢れ出すこの濡れ場は、二人の関係の成就ではなく、明確な「終わりの儀式」として描かれました。
結末において、二人が共に生きる未来は訪れません。葉山は精神的に不安定な妻のもとへと戻る道を選び、泉は彼のもとを去る決断を下します。駅のホームで交わされる最後の別れで、葉山は泉に古い懐中時計を手渡します。この懐中時計は、かつて高校時代に孤独の淵にいた泉を救い出した時間であり、同時に二人が決して交わらない時間軸を生きていることを示す残酷なメタファーでもあります。
社会人となった泉が、葉山から渡された懐中時計を見つめながら前を向いて歩き出すラストシーン。それは、忘れられない過去の痛みを消し去るのではなく、「傷跡を抱えたまま、それでも自分の人生を生きていく」という静かな自立の宣言です。原作小説の持つ叙情的な文体を、行定監督は光と雨のコントラストによって見事に映画的リアリズムへと昇華させました。