まばゆいフラッシュが焚かれるカンヌ国際映画祭のレッドカーペット。長年、ここではミリ単位の肌の質感に至るまで「無毛であること」が暗黙のドレスコードとして課されてきた。しかしその常識は、音を立てて崩れ去りつつある。
カメラの放列に向かって両手を掲げ、堂々と腕を広げる表現者たち。彼女たちが見せつけるのは、デジタル修正でツルツルに加工された虚構の皮膚ではなく、毛穴があり、産毛や体毛が息づく生身の肉体だ。脱色や脱毛を強いる社会的なプレッシャーを脱ぎ捨て、飾らない自分を祝祭の場で提示する姿に、観客や批評家たちは息を呑み、そして熱狂した。作られた完璧さよりも、剥き出しのオーセンティシティ(真正性)にこそ真のカリスマが宿るという価値観が、映画の祭典から世界へ向けて放たれている。