蓮玉庵の歴史は、幕末の安政6年(1859年)にまで遡ります。江戸から明治へと激動の時代が移り変わる中、上野不忍池のほとりで文人墨客が集い、粋な蕎麦文化を育んできました。
この店を語る上で欠かせないのが、日本文学史に名を刻む文豪たちとの深い縁です。特に森鴎外の名作小説『雁』の作中には、主人公の岡田が蓮玉庵で蕎麦を食す印象的な場面が描かれています。また、樋口一葉の日記や作品世界、さらには斎藤茂吉や坪内逍遥といった錚々たる作家・歌人たちも、この店の暖簾をくぐり舌鼓を打ちました。
文豪たちが蓮玉庵を愛したのは、単に味が優れていたからだけではありません。上野という文化の発信地にありながら、世俗の喧騒から一歩離れて静かに蕎麦前と手打ち蕎麦を楽しめる空間そのものが、創作に励む彼らにとって得難い憩いの場であったからです。店内に漂う凛とした空気感には、現在も当時の面影が静かに息づいています。