本作のプロットにおいて最も議論を呼び、初見の観客を驚愕させるのが、ヒロイン・山内桜良の死因です。膵臓の病気で余命宣告を受けていた彼女は、病室のベッドで静かに看取られるのではなく、退院した日の午後に突如として通り魔に刺殺されるという無慈悲な結末を迎えます。
この展開に対し、公開当初は「唐突すぎる」「悲劇のための無理なショック療法ではないか」といった賛否両論の反応も散見されました。しかし、原作者の住野よる氏が各種インタビューで語り、映画の脚本(吉田智子氏)でも丹念に補強されている通り、この結末には極めて強烈な文学的メッセージが込められています。
作中で桜良は、繰り返し「一日の価値は全部一緒」「明日何が起きるかは誰にも分からない」と口にします。重い病気を患っている人間も、五体満足で平穏に暮らしている人間も、明日の命が保証されていないという不条理においては完全に平等です。病死という「予告された死」によって物語を締めくくってしまうと、「残された時間を大切に生きよう」というありきたりな教訓に収束してしまいます。
日常のすぐ隣に潜む理不尽な暴力によって命を奪われる結末を突きつけることで、本作は「いつか訪れる死」ではなく「いま目の前にある選択」のかけがえのなさを強烈に際立たせています。「偶然ではなく、私たちがしてきた選択が、私たちをここに連れてきた」という桜良のセリフは、この不条理な結末を迎えて初めて、観客の胸に深く刻み込まれることになります。