中学生や保護者が最も惹かれるフレーズが、須磨翔風高校の総合学科が人気の理由である「約100種類におよぶ豊富な選択科目」と「自分の夢に合わせた時間割作り」です。普通科のように全員が一律のカリキュラムをこなすのではなく、2年次以降に人文・国際、自然・環境、健康・スポーツ、福祉・情報といった多様な系列科目から自らの適性に合った学びをデザインできます。
しかし、ここには教育社会学的な視点からも見過ごせない「構造的な落とし穴」が存在します。それは「自己決定の責任と進路変更の難しさ」です。
高校1年生の秋という極めて早い段階で、将来の進路や大学の受験科目を見据えた科目選択を迫られます。例えば「数学が苦手だから」という短絡的な理由で文系科目ばかりを選択した場合、高校3年になって「やっぱり看護学部や理工系学部に進みたい」と志望変更しても、履修単位が不足して受験資格そのものを失ってしまうリスクが生じるのです。
自由度の高さは、裏を返せば「自立した学習管理能力」を要求されるということに他なりません。学校側は1年次に「産業社会と人間」というキャリア教育科目を配置し手厚い進路指導を行っていますが、生徒本人が主体性を持たずに安易な道を選んでしまうと、大学一般入試に対応できる学力を積み残したまま卒業を迎えるという事態に陥りかねません。