平出和也氏の類まれな才能は、登攀技術の高さだけにとどまりませんでした。長野県諏訪郡富士見町に生まれ、東海大学時代には競歩選手として卓越した心肺持久力を培った平出氏は、のちに石井スポーツ所属のアルピニストとして活動しながら、日本を代表する山岳写真家・山岳カメラマンとしての地位を築き上げます。
NHKの『クローズアップ現代』や大型自然ドキュメンタリー番組において、彼が撮影したヒマラヤの映像は世界的な評価を受けました。標高7,000mを超える極限地帯で、自らの命を維持するだけでも過呼吸に陥る環境下でありながら、重厚な一眼レフカメラやシネマカメラを構え、光と影の芸術を切り取る。相棒の中島健郎氏もまた卓越したカメラマンであり、2人は互いをファインダーに収め合うことで、人類が到達し得なかった未踏の世界をリビングの画面へと届けてくれました。
そんな危険と隣り合わせの生活を送る平出氏を、公私ともに支えていたのが妻と2人の子どもたちでした。平出氏は過去のインタビューや手記の中で、家族の存在について繰り返し触れています。
「冒険とは、無事に生きて帰ってきて初めて完結する。山頂に立つことよりも、家族の待つ家に無事に生還することこそが、登山家としての最大の責任であり勝利だ」
山に対する狂気的なまでの情熱を抱きながらも、決して死を美化せず、命の尊さを誰よりも自覚していた平出氏。妻をはじめとする家族は、彼の山への尽きない情熱を誰よりも深く理解し、常に温かく送り出し、そしてその帰りを祈り続けていました。遭難時、遺族が現地救助隊の二次遭難を深く憂慮し、早期に救助終了を受け入れた姿勢には、平出氏が生前大切にしていた「他者の命を尊ぶ倫理観」がそのまま息づいていたと言えます。