生活様式の違いの奥底には、その社会が何を美徳として次世代を育成しているかという学校教育や生活習慣の違い、そして働き方と労働観の国際比較が存在します。
日本の学校教育の特徴的なプログラムである「生徒による教室の清掃」や「給食当番」は、海外メディアで「O-SOJI」として特集されるほど独特の文化です。欧米の教育観では、「学校は知的好奇心や学術的スキルを伸ばす場であり、施設の清掃は雇用された専門スタッフ(Janitor)の仕事である」と明確に職能が分離されています。これに対し、日本教育は「自分たちが使う空間を自分たちで清め、他者への感謝と協調性を学ぶ」という人格陶冶の場として学校を捉えてきました。
この教育背景は、そのまま社会人の働き方へと連続しています。日本の組織で重視される「報・連・相(報告・連絡・相談)」や「根回し」、「空気を読む力」は、組織内の摩擦を最小限に抑え、集団全体の調和を保つための機能です。しかし、個人の責任範囲がジョブディスクリプション(職務記述書)によって厳密に定義される欧米社会から見れば、「誰が最終決定権を持っているのか不透明」「会議のための会議が多い」と映ります。
心理学や社会学の用語を用いれば、これは心理的バウンダリー(自他の境界線)の引き方の違いです。個人主義社会では「私とあなたは異なる独立した個体である」という前提から出発するため、意見の対立は人格の否定ではなく自然なプロセスと捉えられます。一方、集団主義的な傾向が強い日本社会では、集団の一体感を保つために境界線が曖昧になりやすく、波風を立てないこと(同調圧力)が過度に優先される傾向が見られます。