インターネット上の掲示板やSNSでは、時折「山下達郎が中森明菜の歌唱力を全否定した」「竹内まりやと中森明菜が不仲になった」というセンセーショナルな噂が散見されます。しかし、当時の一次記録を精査すると、これらは明らかな誤解と誇張であることが分かります。
山下達郎が批判の矛先を向けたのは、中森明菜本人の才能ではなく、「楽曲の解釈をアイドル的な悲劇性に誘導したレコード会社側のディレクションやアレンジの方向性」でした。事実、山下達郎は中森明菜の卓越したリズム感やシンガーとしての稀有な資質を一貫して高く評価しており、悪意を持った人格攻撃などは一切行っていません。
また、竹内まりや自身も中森明菜に対して強い敬意を払い続けており、後年のインタビューでも明菜への楽曲提供が自身のソングライティングにおける重要な転機であったことを繰り返し述べています。表現者同士が互いの美学を徹底的に突き詰めた結果生じた「芸術上の解釈の相違」が、ネット社会の伝言ゲームによって「確執」という安易なゴシップへと変換されてしまったのが事の実相です。