ネット上の掲示板やSNSでは、「戦前は特高警察が目を光らせていたから凶悪犯罪がなく、治安は世界一だった」「いや、警察国家で民衆は常に怯えて暮らしていた」といった極端な言説が飛び交っています。しかし、史料が示す実態はそのどちらとも異なります。
治安のリアル:強固な地域共同体と「見張られる息苦しさ」
戦前の治安と生活水準に関して言えば、一般的な街頭犯罪や強盗・窃盗といった刑法犯の発生率は、現在の治安良好な日本と比較しても低水準を保っていました。警察白書の元となる内務省警保局の統計を見ても、夜間に女性が一人で歩ける地域が多かったのは事実です。
ただし、この良好な治安を支えていたのは近代的な警察機構だけではありません。「隣組」や「長屋」「集落」といった地域共同体の相互監視システムでした。誰がどこで何をしているかが筒抜けになるプライバシー皆無の環境が、犯罪の強力な抑止力となっていたのです。治安の良さは「強固な共同体による包摂」と「息苦しい監視圧力」の表裏一体でした。
教育制度の光と影:99%の尋常小学校就学率と国家イデオロギー
戦前の教育制度と国民生活もまた、極めて高度な達成と構造的限界を併せ持っていました。明治期に整備された尋常小学校(6年間の義務教育)の就学率は、大正期にはすでに99%超に達しており、当時の欧米列強と比較しても驚異的な識字率を誇っていました。算術や国語の基礎学力が国民全体に行き渡っていたことが、日本の急速な産業近代化を支えた原動力です。
しかし、中等学校(旧制中学校・高等女学校)へ進学できたのは同世代のわずか10〜20%程度であり、帝国大学や旧制高校へ進めるのは極めて限られた富裕層や秀才のみでした。また、教育勅語を軸とした忠君愛国教育は、国民の連帯感を高めた一方で、国家の意向に対する健全な批判精神を育む余地を奪うという決定的な副作用をもたらしました。