映画『花と蛇』の企画が持ち上がった当時、ヒロイン・遠山静子役のキャスティングは極めて難航していました。昭和から平成にかけて幾度となく映像化されてきた団鬼六の最高傑作であり、求められるのは単なる肌の露出ではなく、暴力的なまでの嗜虐と官能を受け止める絶対的な存在感だったからです。
オファーを受けた際、杉本彩は35歳。学園祭の女王やグラビア、バラエティ番組での成熟した大人の女性としてのパブリックイメージを完成させており、あえてリスクの高い過激作に出演する必要性はありませんでした。所属事務所や周囲の関係者からは「これまでのキャリアが損なわれる」と猛反対を受けたことも報じられています。
しかし、彼女の心を動かしたのは、メガホンをとる石井隆監督の脚本に漂う圧倒的な美意識と切なさでした。当時の特別インタビューや自著『エロスのチカラ』などで杉本彩は、次のような趣旨の告白を残しています。
「世間の多くがエロスを『卑猥なもの』として隠したがるけれど、私にとってエロスは生きるエネルギーそのもの。中途半端な疑似恋愛や安易な肌見せではなく、人間の尊厳と情念の極限を描き切る覚悟があるなら、命を削ってでも表現者として受けて立つ価値がある」
商業的な打算や話題作りではなく、「女性の性と情念を美しく昇華させる」という表現者としての強烈なプロフェッショナリズムこそが、出演を即断させた最大の理由でした。