形態学的な差以上に、人間との関わりにおいて決定打となったのが認知機能とコミュニケーション様式です。特にオオカミと犬のアイコンタクト能力に関する比較実験は、進化生物学の歴史を塗り替える発見をもたらしました。
動物行動学の研究において実施された「不可能な課題実験(解けないパズルボックスの中に肉を入れ、どう行動するかを観察する実験)」では、衝撃的な対比が記録されています。自力で箱を開けられない状況に直面した際、犬は開始からわずか数秒で作業を止め、同席している人間の顔をじっと見つめて助けを求める視線(ゲイズ・オルタネーション)を送ります。これに対し、幼少期から人間が手塩にかけて育てたオオカミは、人間の存在を完全に無視し、何十分でも自力で箱を壊して肉を取り出そうと試み続けます。オオカミにとって視線は「威嚇」や「優位性の誇示」であり、他者に協力を請う手段としては機能しないのです。
さらに、麻布大学などの研究チームが実証したホルモン分泌のデータは世界を驚かせました。犬と人間が見つめ合うと、双方の脳内で絆を司るホルモン「オキシトシン」の血中濃度が急上昇し、親子の愛着形成と同様のポジティブループが成立します。しかし、オオカミを対象にした同様の実験では、人間と目を合わせること自体を極力回避する上、視線が交錯してもオキシトシン値の上昇は確認されませんでした。さらに前述の表にある通り、犬は眉を持ち上げて目を大きく見せる「子犬のような表情」を作る顔面筋(内眼角挙筋)を進化の過程で獲得しましたが、オオカミにはこの筋肉筋膜がほとんど存在しません。
コミュニケーション音における狼と犬の鳴き声遠吠えの違いも明白です。犬の最も普遍的な発声は短く鋭い「ワンワン(Barking)」という吠え声であり、興奮、警戒、要求など幅広い文脈で用いられます。対するオオカミは成獣になると滅多に吠えることはなく、群れの結束や数キロ先への縄張り宣言として低く澄んだ「遠吠え(Howling)」を主たる手段とします。犬の吠え声は、人間の注意を引きつけるために家畜化の過程で選抜・増幅された性質であると結論づけられています。