岸田劉生「麗子像」はなぜ怖いのか?微笑の真相と愛娘の数奇な生涯について専門的な視点から解説いたします。最新の情報をご確認ください。
麗子像は1点のみの単独作ではない。劉生は愛娘が5歳の1918年から、38歳で急逝する直前の1929年までの約11年間にわたり、油彩画、水彩画、墨画、素描を合わせて約70点以上の麗子像を遺した。作品は日本各地の一流美術館に収蔵されており、現在でも企画展や常設展のローテーション展示でその迫力を直に確かめることができる。
作品名制作年 / 年齢所蔵館 / 文化財指定造形的特徴と市場での評価視点麗子五歳之像1918年(大正7年)
麗子5歳東京国立近代美術館(東近美)記念すべき第1作。まだ幼児特有の丸みと愛らしさが色濃く残る初期の代表的油彩画。麗子微笑(青果持テル)1921年(大正10年)
麗子7歳東京国立博物館(東博)
国指定重要文化財大正期の洋画として史上初の重文指定。デフォルメの極致であり、仮に市場へ出れば数十億円規模の価値。麗子坐像1919年(大正8年)
麗子6歳ポーラ美術館(箱根)青いショールを羽織る構図。北方ルネサンス調の硬質なタッチが際立つ名品。野童女(麗子像)1926年(大正15年)
麗子12歳公益財団法人大原美術館東洋風の着物をまとい、野性味と土俗的な力強さを前面に押し出した晩年の作風。
絵画ファンや美術市場関係者が関心を寄せる「値段」の観点においても、劉生の作品は日本近代絵画の頂点に君臨する。国内の公開オークションにおいて、劉生の風景画や静物画であっても数千万円から2億円を超える価格で落札される事例が確認されている。なかでも最高峰の完成度を誇る重文指定の『麗子微笑』は国有財産であるため売買されることはないが、海外の美術品損害保険評価額や取引相場の水準から照らし合わせれば、最低でも20億〜30億円以上、国際的な評価を含めればそれを遥かに上回る値が付くと推計されている。