栄冠に輝いた侍ジャパンですが、本大会開幕直前まではアクシデントの連続でした。ファンやメディアを驚かせたのが、主力選手たちの相次ぐ東京オリンピック野球辞退理由です。
最も大きな衝撃を与えたのは、巨人のエース・菅野智之の代表辞退でした。シーズン前半から右肘の違和感やコンディション不良に苦しんでいた菅野は、万全の状態で日の丸を背負うことが困難であると判断し、苦渋の決断を下しました。さらに、ブルペン左腕の柱として計算されていた巨人のセットアッパー・中川皓太が左肋骨骨折で離脱。扇の要として期待された広島の會澤翼も左下肢の負傷により無念の出場辞退を余儀なくされました。
この緊急事態に直面した稲葉篤紀監督の選考理由とチーム編成の手腕が、結果として金メダルへの大きな分岐点となります。首脳陣が急遽決断した侍ジャパン追加招集の経緯は、まさに的確な危機管理の賜物でした。
菅野と中川の離脱に伴い白羽の矢が立ったのは、当時日本ハムのルーキーとして抜群の奪三振能力と強心臓を発揮していた伊藤大海と、怪我から復帰途上だったソフトバンクの剛腕・千賀滉大でした。また、會澤の代役には阪神の正捕手・梅野隆太郎が指名されました。
伊藤大海の抜擢は一部でサプライズと報じられたものの、稲葉監督は「イニングを跨げる適応力と、臆することなく打者の胸元を突けるメンタルの強さ」を高く評価していました。実際、伊藤は大会本番でピンチの場面でマウンドに上がり、滑りやすいとされる五輪公式球を物ともせず、ロジンを豪快に舞わせながら気迫の投球を披露。ピンチをことごとく断ち切る救世主となったのです。アクシデントを逆手に取り、チームに勢いをもたらすピースを的確に埋め合わせた首脳陣の眼力は、今振り返っても特筆すべきファインプレーでした。