警察官から身分確認を求められた際、一般市民が最も混同しやすいのが「運転中の停止命令」と「歩行中の職務質問」における法的性質の差異です。この二者は根拠となる法律が全く別個に定められています。
自動車やバイク、原動機付自転車などを実際に運転している最中に警察官から求められた場合、ドライバーには明確な提示義務が課せられます。根拠条文となる道路交通法第67条第9項では、「車両等の運転者は、警察官から免許証の提示を求められたときは、これを提示しなければならない」と厳格に規定されています。これに従わない行為は「免許証提示義務違反」という独立した犯罪を構成し、5万円以下の罰金が科される刑事罰の対象です。
一方、街頭を歩行中に警察官から声をかけられる通常の職務質問は、警察官職務執行法(警職法)第2条を根拠とする行政警察活動です。警職法に基づく職務質問はあくまで犯罪の予防や捜査の端緒を得るための「任意捜査・任意処分」の枠組みにとどまり、市民に対して身分証明書や免許証の提示を強制する法的権限までは警察官に付与されていません。形式的な条文解釈の上では、歩行者が身分証の提示を拒絶すること自体は違法行為には当たりません。
ただし、任意であるからといって無制限にその場を立ち去れるわけではありません。判例上、警察官職務執行法に基づく職質においては、職務質問の実効性を確保するために必要な「相当と認められる限度の有形力の行使」が認められており、免許提示をかたくなに拒む行為そのものが「犯罪を犯した、または犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由(不審事由)」を強める結果を招きます。