戸塚宏の名を語る上で避けて通れないのが、「体罰は善である」「教育とは本能を呼び覚ますことだ」という極端な言説です。1980年代初頭、テレビカメラの砲列を前に眉一つ動かさず言い放たれたこれらの言葉は、当時の教育界のみならず社会全体に強烈な衝撃を与えました。彼が自著『本能の力』や当時の記者会見で一貫して主張していたのは、極限状態における肉体的苦痛や恐怖こそが、子どもの弱りきった精神を再生させるという持論でした。
戸塚氏が唱えた理屈は「本能論」と呼ばれます。人間には理性以前に生き残るための本能(脳幹の働き)があり、登校拒否(不登校)やつっぱり、無気力に陥る子どもは「脳幹が萎縮している」と彼は断定しました。そして、ヨットによる厳しい洋上訓練や竹刀・平手打ちによる有形力の行使によって生命の危機を疑似体験させれば、萎縮した本能が刺激されて自立へと向かう、という論理を展開したのです。
しかし、この本能論は医学・脳科学の専門家から「科学的根拠が全く存在しない独自の疑似科学」と厳しく否定されています。人間を極限まで追い詰めて服従させる手法は、一時的なパニック状態や過覚醒を利用した「恐怖による条件づけ」に過ぎず、教育と呼べる代物ではありません。それでも彼が自らの暴力を「崇高な教育的指導」と強弁し続けた背景には、後述する挫折を知らないエリート意識と、時代が生んだ教育不安が複雑に絡み合っていました。