なぜ英帝国は同盟を拒んだ?19世紀「光栄ある孤立」の真相と終焉を徹底解説

なぜ英帝国は同盟を拒んだ?19世紀「光栄ある孤立」の真相と終焉を徹底解説

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インターネット上の解説やSNSの歴史議論を見ていると、時折「光栄ある孤立とは、当時のイギリスが対外進出を控えて国内に引きこもっていた平和主義のことだ」と勘違いしている言説が見受けられます。しかし、これは歴史的事実と正反対の誤解です。

実態としてのイギリスは、欧州大陸の「条約関係」から孤立していただけであり、地球規模では最も侵略的かつ活動的なグローバルプレイヤーでした。アジア、アフリカ、オセアニアでは苛烈な植民地獲得戦争を繰り広げ、1898年の「ファショダ事件」ではスーダン領有を巡ってフランスと開戦前夜まで睨み合っています。さらに清朝を巡る利権争いでは、砲艦外交を躊躇なく展開していました。

つまり「光栄ある孤立」とは、平和愛好のメッセージなどではなく、「欧州の小競り合いに付き合う義理はない。我らは単独で全世界を統治できる」という、極めて傲慢な帝国主義のパワープレイ宣言だったわけです。相手の顔色をうかがう必要のない圧倒的強者のみに許された特権的ポジション、それこそが孤立の真の正体でした。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。