現代のインターネットや歴史コミュニティでは、張作霖爆殺事件に関して様々な俗説や極端な言説が飛び交っています。客観的な歴史研究に基づくファクトチェックを整理しておきましょう。
誤解1:「ソ連の特務機関(コミンテルン)が真犯人」という説
冷戦崩壊後、ロシアの作家が唱えた「ソ連の暗殺工作員が実行犯だった」という説が一時期ネット上で話題になりました。しかし、その後の防衛省防衛研究所の史料検証や、当事者である河本大作本人の詳細な告白・書簡、実行役の東宮鉄男大尉らの記録との照合により、関東軍が計画・実行した事実は揺るぎない歴史的事実として学術的に確定しています。ソ連謀略説は一次史料の裏付けに乏しい俗説に過ぎません。
誤解2:「張作霖を殺せば満州は簡単に手に入るはずだった」という誤算
河本大作らは、父親の張作霖を消せば息子の張学良(当時27歳前後の「阿片好きの放蕩息子」と侮られていた)は簡単に御しやすいと考えていました。しかし張学良は日本の思惑を完全に見抜き、即座に蒋介石の南京国民政府へ合流を表明(「易幟(えきし)」)。満州全土に青天白日満地紅旗を掲げ、強力な反日包囲網を築きました。張作霖を爆殺した結果、日本は満州での立場をより一層危うくするという完全な逆効果(戦略的オウンゴール)を招いたのです。