三・一運動の真相に迫る!高宗急死の謎と教科書が語らない歴史の裏側

三・一運動の真相に迫る!高宗急死の謎と教科書が語らない歴史の裏側

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予想を絶する民衆蜂起に直面した朝鮮総督府は、軍隊や憲兵警察を総動員して鎮圧に乗り出しました。特に水原の提岩里(チェアムリ)事件に代表されるような過酷な鎮圧劇は、欧米の宣教師やメディアを通じて国際的な非難を浴びることになります。

事態を重く見た日本政府(原敬内閣)は、従来の強権的な支配体制の抜本的改革を決断しました。それまで軍人が帯剣して治安維持と行政を一手に担っていた「武断統治」から「文化統治」への転換です。

この統治路線の変更により、総督への文官任用を可能にし、憲兵警察制度を廃止して一般の警察制度へ改編。さらに朝鮮語新聞(『東亜日報』や『朝鮮日報』)の発行許可や初等教育の普及拡充など、一定の言論・集会・教育の緩和措置が取られました。

ただし、文化統治の裏側には、独立運動の過激化を防ぎ、親日的な知識人層を育成して民族運動を分裂・懐柔させようとする治安工作の意図も強く含まれていました。表面上の融和策と、より巧妙化された治安統制の二面性こそが、この時期の統治の実態でした。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。