高校野球ファンの間で長く関心を集めてきた県岐阜商の首脳陣人事。2024年夏の岐阜大会敗退を契機に正式発表された鍛治舎巧監督の退任は、単なる一高校の指導者交代にとどまらず、昭和・平成・令和を駆け抜けたひとつの指導モデルの節目となった。
交代の直接的な引き金となったのは、指揮官自身の年齢と健康状態である。1951年生まれの鍛治舎氏は当時73歳。2022年秋には自ら肺がんを公表し、手術と抗がん剤治療を受けながらグラウンドに立ち続けていた。2022年夏の甲子園では選手・関係者の新型コロナ集団感染に見舞われ、自身も体調不良に苛まれるなど過酷な環境を経験。本人が「グラウンドで倒れるわけにはいかない。次の世代へ引き継ぐ責任がある」と周囲に漏らしていた通り、体力的な限界と将来のチームづくりを見据えた計画的な勇退であった。
退任後の鍛治舎巧氏の現在は、現場の第一線を退いたものの、高校野球界への貢献を継続している。関係者の証言によると、病状は安定しており、県岐阜商野球部のアドバイザー的な立ち位置で見守りつつ、アマチュア野球界全体の発展に向けた提言や講演活動を行っている。かつてNHKの放送席から響かせた鋭く温かい語り口は健在で、テレビ番組へのゲスト出演や野球関係メディアの取材に対しても、後進へのエールを送り続けている。