ネット上の言説や政治論争を精査すると、立憲主義に関して根深い3つの誤解が広く流布しています。事実ベースでその盲点を解体します。
誤解1:「憲法は国民全員が日常生活で守るべき道徳や義務である」という錯覚
「国民たるもの憲法を守らなければ非国民だ」という投稿が散見されますが、これは典型的な誤認です。前述した通り、憲法99条が定める擁護義務の対象は公務員・権力者です。国民一人ひとりは憲法を守らされる客体ではなく、憲法によって国家から不可侵の権利を保障されている受益者であり、かつ権力者を憲法に従わせる主権者です。国民の自由を縛る道具として憲法を捉え直そうとする発想は、立憲主義のベクトルの逆転を意味します。
誤解2:「立憲主義に立つということは、憲法改正に反対(護憲)することである」という混同
「立憲主義を守れ=現行憲法を1文字も変えるな」という政治的スローガンに結びつけられがちですが、法学的にこの等式は成り立ちません。立憲主義は「憲法を改定すること自体」を一切否定していません。現に日本国憲法第96条には正規の改正手続きが厳格に用意されています。時代の変化に合わせて主権者たる国民が自らの意思で憲法をアップデートすることは立憲的規範に合致した正当な権利です。批判されるべきは「憲法の正規の改正手続き(96条)を迂回し、無理な解釈変更や運用で憲法秩序を骨抜きにすること」であり、改憲論そのものが立憲主義に反するわけではありません。
誤解3:「多数決で選挙に勝った政権なら、何を決めても民主的で正しい」という過信
「選挙で議席の3分の2を獲得したのだから、我々に全権が託されている」という言説は、民主主義の名を借りた立憲主義の否定です。たとえ99%の国民が支持したとしても、残り1%の無実の人の生命や財産を奪う法律は作れません。多数決の万能性を疑い、多数派といえども絶対に侵すことのできない「個人の尊厳(憲法13条)」という最後の砦を死守することこそが、立憲主義が課す冷徹なルールです。