ネット上の掲示板やSNSでは、現役時代の晩年に「客寄せパンダ」「なぜ首にならないのか」といった手厳しい声が上がった時期もありました。プロ野球が完全な実力主義である以上、勝利数という数字だけで判断されれば批判が出るのは避けられません。
しかし、当時のファイターズ関係者やチームメイトが証言する実態は全く異なります。二軍施設である鎌ヶ谷球場において、斎藤氏は誰よりも早くグラウンドに入り、若手の手本として黙々とランニングや体幹トレーニングをこなしていました。特別扱いを自ら拒み、炎天下の球拾いや裏方への挨拶を徹底するその姿勢は、チーム内の規律と士気を支える無形の力となっていたのです。
球団が彼を長く所属させた背景には、単なる集客力だけでなく、故障と向き合う誠実な練習態度が若手選手への生きた教育になっていた事実があります。「スターでありながら泥臭さを厭わない」という現場での信頼こそが、引退後も球界内外の関係者が彼を支援し続ける決定的な原動力です。