政界に実在したフィクサーの歴史を語る上で避けて通れないのが、昭和の怪物と称された児玉誉士夫と笹川良一の2人です。
児玉誉士夫は、戦時中に中国大陸で「児玉機関」を率いてタングステンやプラチナなどの軍需物資を調達し、終戦時に巨額の貴金属資産を日本へ持ち帰りました。GHQによってA級戦犯容疑者として巣鴨プリズンに収監されたものの、釈放後はその潤沢な隠退蔵物資を元手に、鳩山一郎らによる1955年の自由民主党結党のウラ資金を提供したとされています。
児玉の権力の源泉は、政界の長老たちに対する莫大な資金援助と、街宣車を動かす右翼団体や暴力団組織への絶大な統率力にありました。大手企業のスキャンダルを握る総会屋を抑え込み、政治家の後継争いや財界の企業合併を裏で差配。1976年に発覚したロッキード事件では、米国の航空機大手ロッキード社の秘密代理人として、全日空への旅客機導入に絡み政官界へ多額の工作資金をばら撒いていた実態が暴かれ、歴史の表舞台にその怪名が刻まれました。
一方、児玉と並び称された笹川良一は、モーターボート競走法を成立させて競艇利権を一手に握り、年間数千億円規模の公営競技収益を動かす「日本船舶振興会」を設立しました。当時のインタビューや手記において、笹川は「自分は金で動く男ではない、国を動かす男だ」という趣旨の発言を残しています。巨額の資金力を背景に福祉活動を展開してメディア露出を高める一方で、国際勝共連合の結成に関与するなど、冷戦構造下における反共政治の司令塔として国内外の要人と太いパイプを築き上げました。